大切便りとは

「大切便り」は、シニア世代とその家族に向けて、思い出や日々の暮らしを“手紙”のように届けるコラムです。
みなさんの心に寄り添い、「自分の大切」を思い出すきっかけになることを願っています。

高橋 由美さん(59歳)
母の介護をしながら、自身もパート勤務を続けている。
若い頃は母とよくケンカをしたが、今では介護を通じて母への感謝を深めている。
ケンカばかりだった日々
思春期の私は、とにかく母とよくぶつかった。「早く帰ってきなさい」「部屋を片づけなさい」。
母の小言が耳に入るたびに反発し、言い返しては空気が険悪になった。
母は強情で、私も負けず嫌い。どちらも折れることができなくて、夜まで不機嫌に過ごすこともあった。
それでも、母の作るご飯だけは必ず食べていた。ちゃぶ台の上に並ぶ湯気の立つ味噌汁や煮物。
無言で食べながらも、体の奥まで温かさがしみこんでいく。ケンカをしていても、母の存在は変わらず大きかった。
変わらない母、変わっていく私
年月が過ぎ、私も家庭を持ち、やがて母は年を重ねていった。口調や性格は昔のままだけれど、体は少しずつ弱っていく。
病気が見つかり、介護が必要になった頃、私はふと気づいた。
「母は変わっていない。でも、私の見方は変わったのだ」と。
かつてはうるさく思えた言葉も、今は懐かしい響きに感じる。母の歩みがゆっくりになったぶん、私も足並みを合わせる。
台所で母が「手伝うよ」と言ってくれるけれど、今は私が鍋をかき混ぜる番だ。
役割が逆転していく中で、不思議と心は落ち着いていた。
介護の日々がくれるもの
介護は決して楽ではない。体も心も疲れ、もうダメだと思う日も沢山ある。
それでも、母と向き合う時間は「親子としての関係を結び直す時間」でもある。
母の手を拭きながら、昔と同じしわや傷跡に気づくと、胸が熱くなる。
あの手で何度もご飯を作り、洗濯をしてくれ、私を叱り、時には抱きしめてくれた。
「ありがとう」と素直に言えるようになったのは、介護を始めてからだ。
母は照れくさそうに笑い、「こちらこそ」と小さな声で答える。そのやり取りが、何よりの宝物になっている。
読者のみなさんへ
母との時間は、ケンカも含めて私にとって大切な思い出です。
今は介護を通じて、その意味を改めて感じています。
もちろん介護はキレイ事ではできませんし、つらい想いも沢山します。
でも、同じくらい愛おしく思える場面もあります。
読んでくださったあなたも、ご自身の親との関係を思い返すきっかけになれば嬉しいです。
親子の関係は、時に反発し合い、時に支え合うもの。
過去のケンカも未来の絆につながる大切な一部なのかもしれません。
素敵な想い出をありがとうございました。
※本記事はプライバシー保護の観点から、登場する名前や人物設定はすべて架空のものです。ただし、綴られた想いの核心は実際の体験や声に基づいています。