ふとした瞬間に、「あれ、今日は何曜日だったかな?」とカレンダーを確認することはありませんか?私たちが毎日目にしているこのカレンダー、実は明治時代になるまでは全く別の仕組みで動いていました。
実は、明治5年から6年にかけて、日本の歴史から「約1ヶ月間」が忽然と消えてしまったという不思議な事件をご存知でしょうか。その舞台裏を知ると、1月という月の見え方が少し変わってくるかもしれません。
今回は、現代の「時間」のルールが決まった瞬間の謎に迫ります!!
最大の原因「明治の改暦」の魔法

日本人が今のように「1月1日」を刻むようになったのは、歴史で見ればつい最近のこと。それまでは「太陰太陽暦(旧暦)」という、月の満ち欠けに基づいた暦を使っていました。
▼突如訪れた「12月3日」の消滅
明治5年、政府は突然「12月2日の翌日を、明治6年1月1日とする!」と宣言しました。これにより、本来あるはずだった明治5年12月3日から31日までの約1ヶ月間が、歴史から消えてしまったのです。
▼なぜそんな急に?
当時の日本は西洋諸国との外交を急いでいました。世界のスタンダードである「太陽暦(グレゴリオ暦)」に合わせることで、近代国家としての仲間入りを果たそうとしたのです。しかし、この急な変更には、実はもう一つ「裏の理由」があったと言われています。
役人の悲鳴?カレンダー変更に潜む「大人の事情」

この歴史的な大改革、実は当時の政府の「お財布事情」が深く関わっていたという説があります。
▼「13回目」の給料を払いたくない!
旧暦では数年に一度、季節のズレを直すために「うるう月」があり、1年が13ヶ月になる年がありました。明治6年はまさにその年にあたる予定だったのです。
▼政府の節約術
「カレンダーを変えて12月を短くし、13ヶ月目も無くしてしまえば、役人の給料を2ヶ月分払わなくて済むぞ!」という、現代なら大問題になりそうな知恵が働いたというから驚きです。
当時の人々は、昨日まで「師走の忙しさ」の中にいたはずが、寝て起きたら「1月1日」になっていたわけです。自分の年齢が急に1歳増えたような、不思議な感覚だったかもしれませんね。
私たちにできる「時を味わう」知恵

効率や正確さが求められる現代の「太陽暦」は便利ですが、時には昔の人が大切にしていた「ゆったりとした時間の感覚」を取り入れてみるのも素敵です。
▼月の満ち欠けを意識する
カレンダーの数字だけを見るのではなく、夜空の月を見上げて「今はこれくらい欠けているな」と自然のリズムを感じる。
▼「二十四節気」を愉しむ
1月には「小寒(しょうかん)」や「大寒(だいかん)」があります。暦の上の季節の言葉に耳を澄ませることで、忙しく流れる時間に「句読点」を打つことができます。
カレンダーに追われるのではなく、自分が時間の主役になる。
そんな意識を持つことが、脳を若々しく保つ秘訣かもしれません。
1月の歴史・知識クイズ🕰️
ここまでの記事の内容を振り返りながら、歴史の謎に挑戦してみてください!!
Q1. 明治5年、12月2日の翌日は何月何日になった?
A:12月3日 B:12月31日 C:1月1日
Q2. 明治政府がカレンダーを急いで変えた「裏の理由」とは?
A:給料の支払いを減らすため B:占いで決めた C:印刷を間違えた
Q3. 以前使われていた「旧暦」が基準にしていたものは?
A:太陽の動きだけ B:月の満ち欠け C:北極星の位置
答え
Q1:C(1月1日)… 突然、新年がやってきました。
Q2:A(給料の支払いを減らすため)… 深刻な財政難だったと言われています。
Q3:B(月の満ち欠け) … そのため、毎年日付と季節が少しずつズレていました。
心の時計も、ゆっくりいきましょう!

明治時代の人々がカレンダーの激変に驚きながらも順応していったように、私たちの体も新しい環境や変化に一生懸命ついていこうとしています。
「なんだか最近、月日が経つのが早すぎるな」と感じたら、それは心が少し急いでいるサインかもしれません。そんな時は、ココレスパークで心の時計の針を少しゆっくり戻してみてください。 決められたカレンダーの枠を飛び越えて、あなたらしい「1月のリズム」を見つけていきましょう。

作成者:ココレス編集部
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